5963ハート通信 VOL.80

皆様、日頃は格別のご愛顧を賜りまして誠にありがとうございます。心より感謝を申し上げます。

最近話題のあおり運転について考えてみました。

運転は極めて危うい行為であり、その人の人間性が問われる顕著なものであると考えました。

なぜか?

運転とは一言で言えば、「誰かわからない人との、道路上での人間関係である」

運転中には他車に対して2つの情報しかありません。

1つはどんな車に乗っているか?

2つ目はどんな運転をしているか?

つまりどこの誰かわからない人に対して、あなたは道路上でどんな人間関係を築くのですか?と問われているのです。

車と言えども運転しているのは人なので、それは感情を伴った人間関係なのです。

なぜ人の運転に腹が立つのか?それはどこの誰かわからないからです。

運転者が誰かわかっていたらあおり運転はしないんです。わからないからあおり運転はできるんです。

だからその人の人間性や教養が問われる。

誰かわからないけど、その人に優しくできるか?いい人間関係を築けるか?

そんなことを最近の事件から考えました。皆さんはどう思うでしょうか?

私はいつも自分の年老いた母親みたいな人が運転しているのかもしれない?と思うようにしています。

だったらあおれないですよね・・・。

 

竹原 和行

5963ハート通信80号(平成29年11月)